Italian Trend
2025年5月

「伝説のトラットリア ガルダ」のレシピを再現
フィレンツェにある「トラットリア ガルガ」は1990年代から2000年代にかけては一世を風靡し、その人気から伝説と呼ばれたほどの名店だ。フィレンツェでは毎年夏と冬にメンズファッションショーが開催されるため、同時期には世界中から訪れるファッション関係者で予約が取れないほどとなり多くのファッションデザイナーやメディア関係者で大いに賑わっていた。当時は常連のファッションデザイナーの名前を関した料理も登場し、「イル・マニフィコ」という生クリームとオレンジ、コニャックを使ったパスタがアメリカの雑誌「GQ」で「世界の十大料理」に選ばれたこともあるほどだ。

その「トラットリア ガルガ」も創業者のジュリアーノ・ガルガーニがこの世を去り、共に厨房を支えた右腕のエリオ・コッツァ氏も引退したのだが、今回特別にエリオ氏の自宅で当時のパスタを再現してもらった。当時の「トラットリア ガルガ」が標榜したのが短時間での速攻料理「クチーナ・エスプレッサ」だ。これは殺到するゲストをまたせないようにとジュリアーノとエリオが考案した料理スタイルで、素材の持ち味を生かすよう最短時間での加熱調理、もしくは非加熱ソースをベースにしたイタリアらしい料理法だ。

例えば「カラスミのスパゲッティ」はエリオの出身地サルデーニャ島の名産であるボッタルガをたっぷりとすりおろし、EVオリーブオイル、パスタの茹で汁とともに非加熱で乳化させるクリーミーなパスタだ。「アーティチョークのスパゲッティ」もまたイタリアならではの味。フレッシュなアーティチョークをふんだんに使い、ニンニク、唐辛子、EVオリーブオイルとともにこれも非加熱で仕上げる。慣れていればパスタを茹で始めてからの準備でも十分に間に合う、忙しい現代人にはぴったりの時短料理なのだ。「スパゲッティ・インペラトーレ」は柑橘を加えた魚介とトマトのスパゲッティなのだが、あるゲストに即興で作った際、あまりの美味しさに「この料理の名前は?」と聞かれたのでジュリアーノが即座に「皇帝風(インペラトーレ)」です、と答えたという逸話が残されている。

「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」に関するトップシェフたちの哲学
「クチーナ・エスプレッサ」がトラットリアが目指す調理法であるならば、 とかく伝統料理、定番料理でも常に革新的なやり方を求めているのがイタリア人トップシェフの常であり、基本的にレシピはアンタッチャブルでありながらもそれぞれが創意工夫しているのがまた興味深い。イタリアでは12世紀に大量生産が始まったとされるパスタだが、食べ方としてはチーズを振りかけて食べるのが長い間の定番だった。しかしトマトの伝来はイタリア料理に革命をもたらした。コロンブスが南米から持ち帰ったトマトは最初は観賞用の植物だったが17世紀末にナポリの料理人アントニオ・ラティーニがソースに使うようになるとトマトソースは大流行となり、やがてパスタと出会って「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」という世界的な料理となったのである。

現代のトップシェフたちはこの「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」にもさまざまなアイディアを加えてオリジナリティあふれるものにしている。例えばミシュラン3つ星「レアーレ」のシェフ、ニコ・ロミートはトマトから抽出した透明のトマトウォーター飲みで作る無色透明の「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」を作り出したし、南イタリア初の3つ星を獲得した「ドン・アルフォンソ1890」のアルフォンソ・イアッカリーノはイタリア国旗(トレ・コローリ)の色である赤=トマト、白=スパゲッティ、緑=バジリコを強調するためにあえてそれぞれを混ぜない「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」を定番とした。伝統料理という既成概念に囚われない新しいイタリア料理を常に考えるトップシェフたちの存在によってイタリア料理は常に進化しているといっても過言ではないだろう。
Photo&Text MASAKATSU IKEDA (ITALIAN WEEK 100 Director)