Italian Trend
2025年9月
「パスティフィーチョ」とは手打ちパスタを専門に行うパスタ工房で、イタリアにはどの街にも必ずあると言っても過言ではないだろう。イタリアのレストランで勤務経験がある人ならお分かりだと思うが、トラットリアや食堂に近い形態のレストランではこうした業者からパスタを買ってメニューとして提供していることが多い。それは日本の蕎麦屋やラーメン店に似た形態であり、必ずしも「レストラン=自家製パスタ」ではないのだ。またこうしたパスティフィーチョでは自家製パスタを使ったランチを提供している場合も稀に見かけるのだが、それは立ち食いであったり単にチーズやソースをかけただけであったりと実に簡素な食事であることが多かった。
フィレンツェに新しくオープンした「ダル・ヴェンティトレ・パスティフィーチョ・ウルバーノ」は「都市型パスティフィーチョ」を目指しており、家庭ではなかなか作れないハイレベルの手打ちパスタを販売し、イートインも可能というユニークなスタイルなのだ。パスタ職人と料理人は異なり、もともとパスティフィーチョではパスタ職人がパスタ作りをやっていたが、オーナーのアンドレア・バルトリ氏が目指すのは開かれたパスティフィーチョであり、ガラス張りのキッチンの中ではパスタ職人ではなく、リストランテ出身の料理人たちがパスタを作る光景を見ることができる。例えば「トマトのラヴィオリ、グアンチャーレ、ペコリーノ」はトマトソースとグアンチャーレを詰めたラヴィオリにグアンチャーレ、というビジュアルなのだが食べてみるとアマトリチャーナの味になる。「いわゆる赤いトマトソースのアマトリチャーナとは違うアプローチで表現したかった」とバルトリ氏。
「ストラコットのプリン、ポモドーロ・ジャッロ、タイム」はピエモンテの伝統プリンの最新形。詰め物にはひき肉ではなく牛頬肉を煮込んだストラコットを使い、黄色いトマトのピューレのソース。これはプリンとストラコットというどちらも代表的なピエモンテ料理を一皿で表現したピアットウニコのスタイルで、一品でも食べ応えがある。「ジャガイモのトルテッリ、タコのラグー」はフィレンツェ北部ムジェッロ地方の郷土料理であるジャガイモを詰めたトルテッリにタコのラグーという意外な組み合わせ。これは海と山の幸をあわせたマーレ・エ・モンテがテーマでタコとジャガイモという相性の良い食材の組み合わせが秀逸だった。
手打ちパスタといえばサルデーニャを忘れることはできない。独特な食文化が残るサルデーニャではクルルジョネスやマッロレッドゥスなどユニークな形態のパスタが有名だが、バルバージア地方に伝わる幻のパスタと呼ばれるフィリンデウをご存じだろうか。フィリンデウとは「神の系=Fili di dio」がその語源であり、5月1日の聖エフィジオ祭に作り、食べられるパスタだ。その作り方は非常にユニークでパスタ生地をそうめんのように細い糸状に伸ばして板に巻き付け、天日で干して乾燥させる。ポイントは手を濃い塩水を濡らしながらパスタを伸ばす点にあり、アクロバティック用ピッツァ同様、グルテンの形成を防ぐことで極細のパスタを作ることが可能になるのだ。
フィリンデウの食べ方は、伝統的には羊のブロードで煮込んでさらにペコリーノ・サルドをかけた煮麺のような食べ方である。見た目の繊細さとはうらはらでその味は野趣が強く、純白なパスタではあるがしっかりとサルデーニャらしさを感じることができる。サルデーニャ出身のノーベル賞作家グラツィア・デレッダは「聖エフィジオ祭の期間中はあちこちの家庭でフィリンデウを庭先で干している光景に出会える」と書いており、フィリンデウを食べないと災厄に見舞われる、といわれている。いわば無病息災を願う宗教色の強いパスタであり、日本ではなかなか見かけることの少ないパスタである。
Photo&Text MASAKATSU IKEDA (ITALIAN WEEK 100 Director)