Italian Trend
2025年6月

「オステリア・フランチェスカーナ」のシェフ、マッシモ・ボットゥーラの代表的な料理に「トルテッリーニ・アル・クレマ・ディ・パルミジャーノ」がある。トルテッリーニの起源は16世紀に遡る。当時イタリア貴族の間ではフランス料理のコンソメが大流行しており、材料であったでがらしの肉は貴族は口にせず、使用人たちがトルテッリーニの詰め物として使い始めたのがその起源といわれている。食べ物を粗末にしない、クチーナ・ポーヴェラの精神はここにも宿っているのだ。また、ボットゥーラは現在トルテッリーニを作る障害者向けのプロジェクト「トルテッランテ」も主導している。

今年の3月に開催された「ヴィーニタリー」では「オステリア・フランチェスカーナ」のポップアップ・レストランが登場したので久しぶりにボットゥーラの料理を体感してきたが、そこでも主役はやはり「トルテッランテ」のトルテッリーニだった。「トルテッランテ」とはボットゥーラがサポートするプロジェクトで、自閉症スペクトラム障害者たちが作ったトルテッリーニを多くのレストランに販売、提供することで障害者たちの自立を支援しているのだ。濃厚なパルミジャーノ・クレマとともに登場したトルテッリーニは「オステリア・フランチェスカーナ」で食べるのと寸分違わぬ素晴らしい出来で、新しいムーブメントにも関わらず、パスタそのものの伝統的な製法や形は昔と変わらず大切にされていた。この新しいいま多くのレストランから引き合いがあるのもうなづける。

というのもボットゥーラの次男チャーリーも同じ障害を抱えており、そうした背景もあるのだろうがボットゥーラは以前からチャリティーに非常に熱心なのだ。2015年のミラノ万博を機に始めたチャリテリレストラン「レフェットリオ」の話は現在世界中に広がっており、料理以外にそうした一連の社会貢献も含めボットゥーラは2020年から国連親善大使を務めている。この春もメローニ首相から「Maestro dell’arte della cucina italiana」の称号を授与され「ヴィーニタリー」には代理としてロロブリージダ大臣も出席。とはいえボットゥーラ本人はシェフジャケットの胸ポケットにメダルを無造作につっこみ、厨房を指揮して客席を回るというあいかわらずの精力的な働きぶりだった。

「トルテッリーニ」が社会貢献の象徴として存在感を増している一方、一時は忘れられた存在であったものの復活を遂げつつあるのがリゾーニだ。リゾーニはその名の通り米粒型のパスタで、イタリア家庭では離乳食や病人食として常食されてきた、日本のお粥に相当する存在だ。ところがレストランではあまり使用されてこなかったのだが近年ではリゾーニを愛用するシェフが増えている。「パリアッチョ」のアンソニー・ジェノヴェーゼはローマの伝統として長年リゾーニをメニュー化してきたし「リド84」のシェフ、リッカルド・カマニーニは「リゾーニとはイタリアの食文化の大切な一部だ」と語る。米と比べて加熱時間が約半分と提供時間も早いことから今後さらにレストランでの需要も増えるのではないかと予想される。

米問題で何かと騒がしい日本でもリゾーニを愛用するシェフは多く、銀座の「アルマーニ / リストランテ」の前シェフ、カルミネ・アマランテはリゾーニを高級料理に昇華させた「トリュフのリゾーニ」を昨年のイベントで披露してくれた。長野にある「ナーヴァロ」の本郷善貴シェフのスペシャリティはすっぽんを使ったリゾーニ「シリウス」だ。「未来へ光が届くように」と広大な宇宙から青白い輝きを見せる恒星「シリウス」をイメージして作ったというリゾーニは、皿もシリウスノイメージカラーに合わせた特注。上田市のすっぽんを甲羅や肉ごと煮込み、そのエキスをたっぷりと吸わせたリゾーニはゼラチン質をまとった濃厚な味わいにしばし恍惚となる。リゾーニの既成概念を打ち破った非常に斬新な未来形パスタだ。
Photo&Text MASAKATSU IKEDA (ITALIAN WEEK 100 Director)