Italian Trend
2026年3月
イタリアに数あるパスタの聖地の中でも、ポピュラリティという点においてローマはやはり別格だ。世界的に知名度が高く、また広く食されているパスタとは?というランキングがよくイタリアのフードメディアに登場するが、ベスト5に必ずと言っていいほど登場するのがカルボナーラ、アマトリチャーナ、そしてカチョ・エ・ペペだ。これらはいわずと知れたローマ3大パスタである。そんなローマで活躍するユニークなシェフがカンポ・ディ・フィオーリにある「ルチアーノ・クチーナ・イタリアーナ」オーナーシェフ、ルチアーノ・モノシリオだ。ルチアーノはシェフでありパスタ職人でもある。レストランでは日々パスタを提供するだけでなく、専用の工房でパスタを製造、販売する。それも手打ちパスタ「パスタ・フレスカ」ではなくスパゲッティ、メッツェ・マニケ、リガトーニ、フジッローニの4種類からなる、乾燥パスタ「パスタ・セッカ」なのだ。
「カチョ・エ・ペペ」とはシンプルにチーズ(ペコリーノ・ロマーノ)と黒胡椒を使ったパスタだがその原型は古代ローマに遡ると言われている。羊飼いが放牧の際に常に携行していたペコリーノを茹でたパスタにふりかけて食べていた、いわば野外飯だが、黒胡椒は当時非常に高価で財力の象徴ともいわれていた食材なので、現代のようにけずりたての黒胡椒をたっぷりかけるようになったのは近代になってからだ。ルチアーノはこれを自家製のリガトーニを使って骨太な料理に仕上げる。ローマでの修行経験がある方ならご存知だと思うが、現代ローマ人はこのリガトーニが大好きなので、賄いには毎食必ずリガトーニが登場するというエピソードもあるほどだ。
「アマトリチャーナ」もまたローマを代表する料理のひとつでその発祥はローマ近郊アマトリーチェである。2016年8月に中部イタリアを襲った大地震で深刻な被害を受けたアマトリーチェだがその街の入り口には今も誇らしげに「アマトリチャーナ発祥の地」と書かれているほどだ。トマトソース、グアンチャーレ、ペコリーノが基本であり唐辛子やタマネギを入れるバージョンもあるがニンニクに関してはかつてアマトリチャーナ市長が「ニンニクを入れるのはアマトリチャーナとは認めない」と発言し、イタリア料理界にアマトリチャーナ論争を巻き起こしたこともあるほどだ。ルチアーノが使うのは「半袖」という意味のメッツェ・マニケだがローマではボンボロッティと呼ばれることが多い。アマトリチャーナの原型と呼ばれているトマト無しのグリーチャもまた、古代ローマ時代の羊飼いの携行食だったといわれる古いパスタだ。
そしてローマで最も有名なパスタといえばカルボナーラだが、現代ローマ人の間ではつねに「ベスト・カルボナーラを出す店はどこだ?」という議論が常に行われている。「それはノンナ(祖母)が作るカルボナーラ」という判官贔屓の意見はさておくとして、かつてガンベロロッソで「ベスト・カルボナーラ」に選ばれたのが「ロショーリ」だ。「ロショーリ」のカルボナーラは基本卵黄、グアンチャーレ、ペコリーノ、黒胡椒で作られるが衝撃を受けるのがそのグアンチャーレの量と大きさだ。日本でよくある拍子木切りではなく角煮状態でごろごろと入っているので、テーブルに運ばれてくるとおもわずたじたじとなる。以前「ロショーリ」の厨房でカルボナーラ作りを取材したことがあるが、当時「カルボナーラ・キング」と呼ばれたのがチュニジア出身のシェフ、ナビル・ハッセンだった。
ハッセンは少年時代に移民として船でシチリアに渡り、パレルモのレストランで皿洗いから始めた経歴の持ち主。その後の紆余曲折を経て2008年に「ロショーリ」シェフに就任。そのカルボナーラの腕前がガンベロロッソで絶賛されたことで一躍有名になった。異色のキャリアとその実力でローマでは伝説の料理人として名高いハッセンは現在「バッカーノ」の厨房で日々カルボナーラを作り続けている。5年前に会った時も年を重ねたとはいえまだ健在で「ロショーリ」の話をすると懐かしそうに笑ってくれたのが今も印象に残っている。現在の「ロショーリ」のカルボナーラは当時のハッセンの作り方を踏襲したもの。いいものであれば国籍やキャリアを問わず継承されていくのは古代ローマの伝統につながるところがある。パスタの世界においても伝統の継承とはこのようにして行われていくのである。
Photo&Text MASAKATSU IKEDA (ITALIAN WEEK 100 Director)