Italian Trend
2025年1月

「ペースト ジェノベーゼ」とはご存じのとおりジェノヴァ生まれのパスタソースだ。バジル、松の実、オリーブオイル、ニンニク、パルミジャーノ・レッジャーノで作るこのソースはとかく栄養不足になりがちだったジェノヴァの船乗り達に愛用され、脚気予防に悩んでいた明治時代の日本帝国海軍も「伊風青紫蘇麺」として採用したという逸話も残されているほどだ。またローマ法皇ヨハネ・パウロ2世に献上したことから「法皇のペーストメーカー」と呼ばれたジェノヴァのレストラン「ゼッフィリーノ」のシェフ、ジャンパオロ・ベッローニはこのソースを世界に広めることに尽力し、ジェノヴァで開催されるペーストジェノベーゼの世界大会「Pesto World Championship」を実現させてからこの世を去った偉人だった。

ジャンパオロの生前「ゼッフィリーノ」に取材に伺ったことが何度かあるが、「法皇のペーストメーカー」が作るジェノベーゼはそれはそれは香り高く素晴らしい出来栄えだったことは昨日のことのように覚えている。材料はバジル、ニンニク、松の実、パルミジャーノ・レッジャーノ、ペコリーノ・サルド、海塩、EXバージン・オリーヴオイルだが、一番重要なのがバジル。ジャンパオロは、ブラインド・テイスティングした60種のバジルから最良の5種類を選び、理想のジェノベーゼを作り上げた。

ジャンパオロが好んで使ったのはジェノヴァ近郊プラのバジルであり、最良の食材は最良の料理を生み出すとの哲学で料理を作り続けた。「本来料理とは医食同源に基づくべきであり、伝統料理が今日まで生き残ってきたのは人間の体がその料理を欲してきたからである」と語ってくれたが、それはジェノヴァに限らず、全てのイタリア料理に共通し、全ての料理人が踏襲しなければいけない金科玉条だ。

また香り高いジェノベーゼは手打ちパスタとの出会いで完結するが、その豊富さにおいてジェノヴァはエミリア・ロマーニャやサルデーニャと並ぶパスタ王国である。世界的によく知られるバヴェッテ、トロフィエを筆頭としてパンソッティ、コルツェッティ、マンディッリなど個性的なパスタの数々はジェノベーゼと組み合わせることで世界中で愛される料理となるのだ。

また、2024年11月に開催されたアッチグストでは、アジア・パスタ・チャンピオン渕上誠剛シェフがデモンストレーションで「ペースト ジェノベーゼ」の進化形を披露してくれた。渕上シェフはジャガイモ、サヤインゲン、松の実という伝統的な組み合わせにインスピレーションをえて、ジャガイモとヘーゼルナッツをスプーマにし「ペースト ジェノベーゼ」にそえて提供した。食感や香りは新鮮、そして味わうと口中では伝統的なジェノヴァ風パスタとなる。それは海洋共和国時代のジェノヴァの船乗り達もおそらくは納得して食べたであろう秀逸なパスタだった。

2024年12月には日本における「ペースト ジェノベーゼ」の認知度をより高めるため「バリラ ペースト ジェノベーゼ エクスペリエンスセンター」が関係者に限定公開された。期間中はバジル栽培やペースト ジェノベーゼの製造プロセスの説明、パルミジャーノ・レッジャーノの熟成期間別のテイスティング、そして今回のために特別に来日したアンドレア・トランケーロ アジアパシフィック エグゼクティブシェフによる、コース仕立てでの「ペースト ジェノベーゼ」テイスティングなど実に盛り沢山な内容。2025年は日本における「ペースト ジェノベーゼ」元年となりそうな盛り上がりを見せた。
Photo&Text MASAKATSU IKEDA (ITALIAN WEEK 100 Director)